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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)117号 判決 1994年4月21日

東京都港区三田3丁目13番12号

原告

日本フルハーフ株式会社

同代表者代表取締役

入江義朗

同訴訟代理人弁理士

荒垣恒輝

大橋勇

大橋良輔

大阪市中央区北浜4丁目7番28号

被告

日本トレールモービル株式会社

同代表者代表取締役

得能温雄

同訴訟代理人弁理士

藤木三幸

同訴訟復代理人弁護士

湯浅正彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第16680号事件について平成4年5月6日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「海上コンテナの内部隅部構造」とする特許第1138743号の発明(昭和52年8月1日出願、昭和56年5月20日出願公告、昭和58年3月11日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者であるが、昭和63年9月6日本件発明について訂正審判の請求をし、昭和63年審判第16107号事件として審理された結果、平成2年6月14日上記訂正を認容する旨の審決がなされた。この訂正に対し、原告は、平成2年9月18日訂正無効の審判を請求し、平成2年審判第16680号事件として審理された結果、平成4年5月6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同月18日原告に送達された。

2  訂正前の特許請求の範囲

(1)  内部に充填する断熱材を覆う内張部材をそれぞれ装着した天井部、左右の各側壁、前端壁、開閉扉を設けた後端部と、床部材下部に断熱材を設けた床部とを含む長手直方体形状の貯蔵室及び該貯蔵室用の冷却手段を具備した海上コンテナにおいて、前記貯蔵室内の隅部を、該貯蔵室側に突出せる突部乃至は突条が存在しない、比較的曲率半径の大きな曲面の、略円孤状断面の隅部材にて、滑らかに形成すると共に、該隅部材と前記内張部材との接合部を水密に構成したことを特徴とする海上コンテナの内部隅部構造。

(2)  前記隅部材が、左右各側壁の内張部材の下端部の外側に位置する直立部と、床部材側端部と互いに係合する係合部を有する水平部と、該水平部及び前記直立部を連結する比較的曲率半径の大きい滑らかな、略円孤状断面の湾曲部より構成された特許請求の範囲第1項に記載の内部隅部構造。

(3)  側壁の内張部材上端部と天井部の内張部材側壁部とをL字形部材をもって結合し、該L字形部材の両フランジ端部を水密に且つ比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面を与える、略円孤状断面の前記隅部材により覆った特許請求の範囲第1項記載の内部隅部構造。

3  訂正後の特許請求の範囲

内部に充填する断熱材を覆う内張部材をそれぞれ装着した天井部、左右の各側壁、前端壁、開閉扉を設けた後端部と、床部材下部に断熱材を設けた床部とを含む長手直方体形状の貯蔵室及び該貯蔵室用の冷却手段を具備した海上コンテナにおいて、側壁の内張部材上端部と天井部の内張部材側壁部とを長手方向に延びる断面L字形部材をもって結合し、該L字形部材の両フランジ端部を水密に且つ比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面を与える略円弧状断面の別体の隅部材により覆ってなる海上コンテナの内部隅部構造。(別紙図面1参照)

4  審決の理由

別添審決写しの理由欄記載のとおりである。

(但し、審決の第3頁16行目の「貯蔵室室」は「貯蔵室」の、同頁18行から19行目にかけての「第1項」は「第1項記載」の、第4頁5行目の「ならなくとも」は「ならなくても」の、第9頁19行目の「貯蔵室用」は「該貯蔵室用」の、第10頁15行目の「左上隅部」は「左下隅部」の、第11頁3行目の「19行」は「18行」の、第14頁3行目の「前側壁」は「前端壁」の、同頁5行目の「貯蔵室室」は「貯蔵室」のそれぞれ誤記である。)

5  審決を取り消すべき事由

審決の理由ⅠないしⅣは認める。同Ⅴ(1)のうち、「訂正前の特許請求の範囲第1項の上記後段の記載に対応して訂正前の第3項の発明にあるL字形部材の構成を限定して、訂正後の特許請求の範囲の要件としてこれを記載することは特許請求の範囲を拡張するものでも変更するものでもないから、特許法第126条第2項の規定に違反することはない。」との部分(第11頁10行ないし16行)は争い、その余は認める。同(2)、(3)は認める。同(4)ⅰ)は認める。同(4)ⅱ)のうち、甲第6号証(本訴における書証番号。以下同じ)及び第11号証の1に審決摘示の事項が示されていることは認めるが、その余は争う。同(4)ⅲ)のうち、甲第6号証及び第8号証に審決摘示の記載があることは認めるが、その余は争う。同(4)ⅳ)のうち、甲第9号証及び第10号証に審決摘示の記載があることは認めるが、その余は争う。同(4)ⅴ)は争う。同Ⅵは争う。

(1)  本件訂正無効審判における判断の遺脱(取消事由1)本件発明に関する訂正審判請求書の「請求の理由」に記載された、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正内容は、審決の理由Ⅲ(1)に記載のものと同内容である。したがって、この訂正によって得られる特許請求の範囲第1項は、「内部に充填する断熱材を覆う内張部材をそれぞれ装着した天井部、左右の各側壁、前端壁、開閉扉を設けた後端部と、床部材下部に断熱材を設けた床部とを含む長手直方体形状の貯蔵室及び該貯蔵室用の冷却手段を具備した海上コンテナにおいて、側壁の内張部材上端部と天井部の内張部材側壁部とを長手方向に伸びる断面L字形部材をもって結合し、該L字形部材の両フランジ端部を水密に且つ比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面を与える、略円弧状断面の前記隅部材により覆ってなる海上コンテナの内部隅部構造。」である。

他方、訂正審判請求書に添付された訂正明細書に記載された特許請求の範囲は、前記訂正後の特許請求の範囲に記載のとおりである。

両者を対比すると、前者においては、「・・・を与える、略円弧状断面の前記隅部材・・・」と記載されているのに対し、後者においては、「・・・を与える略円弧状断面の別体の隅部材・・・」と記載されている。

ところで、訂正審判請求においては、請求の理由に記載された事項のみが訂正前の明細書における記載事項に変動を起こす原因となるものであり、訂正明細書は請求の理由に記載された事項を反映しているにすぎない。請求の理由に記載されていない事項が訂正の内容として取り込まれることは到底許されない。

本件訂正において、「与える」と「略円弧状」との間の読点(、)を削除すること、及び「前記」を「別体の」に訂正することは、請求の理由に全く記載されておらず、その点で、請求の理由と訂正明細書とが食い違っているのである。

請求の理由の記載内容と訂正明細書の記載内容が一致しているか否かは審判官の職権調査事項であるところ、本件訂正無効審判を担当した審判官は、上記の点に気がつかなかったのであるから、この点において、本件訂正無効審判には判断の遺脱があるものというべきである。

(2)  特許請求の範囲の実質変更の有無についての判断の誤り(取消事由2)

訂正前の特許請求の範囲第3項は、訂正前の同第1項の記載事項に「側壁の内張部材上端部と天井部の内張部材側壁部とをL字形部材をもって結合し、該L字形部材の両フランジ端部を水密に且つ比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面を与える、略円孤状断面の前記隅部材により覆った」という限定事項を付加したものである。そこで、訂正前の特許請求の範囲第1項の記載事項を引き移すと、訂正前の同第3項の内容は次のとおりである。「内部に充填する断熱材を覆う内張部材をそれぞれ装着した天井部、左右の各側壁、前端壁、開閉扉を設けた後端部と、床部材下部に断熱材を設けた床部とを含む長手直方体形状の貯蔵室及び該貯蔵室用の冷却手段を具備した海上コンテナにおいて、

前記貯蔵室内の隅部を、該貯蔵室側に突出せる突部乃至は突条が存在しない、比較的曲率半径の大きな曲面の、略円孤状断面の隅部材にて、滑らかに形成すると共に、該隅部材と前記内張部材との接合部を水密に構成し

側壁の内張部材上端部と天井部の内張部材側壁部とをL字形部材をもって結合し、該L字形部材の両フランジ端部を水密に且つ比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面を与える、略円弧状断面の前記隅部材により覆った海上コンテナの内部隅部構造。」

上記訂正前の特許請求の範囲第3項と、本件訂正審決によって認容された訂正後の特許請求の範囲とを対比すると、前者における「前記貯蔵室内の隅部を・・・水密に構成し」(上記枠で囲んだ部分)がすべて削除されている。

本件発明は物の発明であり、物の発明において構成要件の一部を削除することは特許請求の範囲の拡張になるのであるから、本件訂正は特許法126条2項に違反するものである。

したがって、「訂正前の特許請求の範囲第1項の上記後段の記載(上記枠で囲んだ部分の記載)に対応して訂正前の第3項の発明にあるL字形部材の構成を限定して、訂正後の特許請求の範囲の要件としてこれを記載することは、特許請求の範囲を拡張するものでも変更するものでもないから、特許法第126条第2項の規定に違反することはない。」とした審決の判断は誤りである。

(3)  訂正後の特許請求の範囲の発明の特許性についての判断の誤り(取消事由3)

<1>イ 別紙参考図1(甲第6号証の図1.64につき、一部の部材に符号を付したもの)、同2(同号証の図1.70につき、想定される箇所にSIDE WALL LINING(側壁内張)とSIDE PANEL(側板)を書き加え、各部材の符号を付したもの)に記載のとおり、同各図のSIDE PANEL(側板)30’及びSIDE WALL LINING(側壁内張)34’は、本件発明における側壁(30)及び側壁の内張部材(34)と一致し、参考図1のROOF LINING(屋根内張)35’及び参考図2のCEILING BOARD(天井板)35’は、本件発明における天井部の内張部材(35)に一致する。そして、参考図2に示すとおり、SIDE WALL LINING(側壁内張)34’上端部とCEILING BOARD(天井板)35’とを長手方向に伸びる断面L字形部材36’をもって結合する構造は、本件発明における「側壁の内張部材上端部と天井部の内張部材側壁部とを長手方向に伸びる断面L字形部材(36)をもって結合」する構造と一致する。

したがって、本件発明における「側壁の内張部材上端部と天井部の内張部材側壁部とを長手方向に伸びる断面L字形部材をもって結合し」の要件(以下「要件b」という。)は、甲第6号証にすべて開示されている。

ロ 甲第6号証の第104頁図1.70には、断面L字形部材(参考図2の符号36’)を比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面(同図の38a’)を与える、略円弧状断面の隅部材(同図の38’)により覆ってなる構成が開示されており、同号証の第115頁下から3行目には「各部接合部はシーラにより十分水密を保たれている。」ことが記載されているから、水密に覆ってなることも開示されている。

本件発明における隅部材(38)の形状は、比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面を与える、略円弧状断面であるのに対して、甲第6号証の上記隅部材38’は厳密には円弧状ではないけれども、(a)本件特許審判請求公告公報(甲第5号証)に「これら各部分はいづれも平面または曲率半径の大きい(局部的には平面とみなし得る)曲面であるため」(第3頁右欄30行ないし32行)という記載が存することに徴すると、本件発明にいう「比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面を与える、略円弧状断面」は必ずしも線分から成る断面を排除していないと解する余地があること、(b)洗い易くするという作用効果を奏する点においては、上記隅部材38’は本件発明の隅部材(38)と何ら変わりはないこと、(c)洗い易くするために隅部材を円弧状断面に形成することは、甲第8号証に開示されていることからすると、上記隅部材38’は、「比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面を与える、略円弧状断面の前記隅部材」に該当する。

したがって、本件発明における「該L字形部材の両フランジ端部を水密に且つ比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面を与える略円弧状断面の別体の隅部材により覆ってなる」という要件(以下「要件c」という)も甲第6号証に開示されている。

ハ 以上のとおりであるから、甲第6号証には要件b及びcについては示唆されていないとした審決の認定判断は誤りである。

<2> 甲第11号証の1の第10頁には「リーファーキット」の断面図が記載されており、参考図3に示すとおり、断面L字形部材36’が、側壁30’の内張部材34’上端部と天井部の内張部材の側壁部に結合されているものが開示されている。すなわち、上記断面図には、冷凍コンテナにおいて二層のアルミ隅金具の間に天井板と側壁内張材が挟着支持された構造が開示されている。

上記「リーファーキット」は原告の製品であり、この製品については、原告が作成したカタログ「日本フルハーフ保冷車・冷凍車」(甲第12号証)の第3丁表にその断面図が記載されているが、この甲第12号証は本件発明の特許出願日前公知のものである。甲第11号証の2(同号証の1の上記断面図を拡大した図面)と同第12号証の上記断面図を比較すると、両者の構造は細部に至るまで完全に一致している。しかして、甲第12号証を参考にして同第11号証の1の断面図をみると、同図には、本件発明における側壁(30)、側壁の内張部材(34)、天井部(31)、天井部の内張部材(35)及び長手方向に伸びる断面L字形部材(36)と一致するものが記載されていることは明らかである。

したがって、「(甲第11号証の1には)この二層のアルミ隅金具が具体的にどのような二層構造になっているか、また天井と側壁が上記金具で具体的にどのように支持されるのか定かではなく、もたらされる効果も記載されていない」とした審決の認定判断は誤りである。

<3> 甲第6号証の第104頁図1.70、及び同第11号証の1(同第12号証)には、長手方向に伸びる断面L字形部材、側壁、天井内張部材、略円弧状断面の隅部材が開示されている。したがって、「本件発明における『予め長手方向に伸びる断面L字形部材をもって側壁上端部と天井内張部材の側壁部とを結合し、その後に比較的曲率半径の大きな滑らかな湾曲面を与える略円弧状断面の別体の隅部材によって覆う』の要件が記載のないことは勿論、この要件を示唆する記載もない」とした審決の認定判断は誤りである。

<4> 上記のとおり、L字形部材は甲第6号証及び第11号証の1(第12号証)に、滑らかな湾曲面あるいは断面円弧状の隅部材は甲第6号証、第8号証及び第11号証の1(第12号証)に、水密状態で用いることは甲第6号証にそれぞれ記載されている。

したがって、「L字形部材を用い、且つ滑らかな湾曲面あるいは断面円弧状の隅部材を水密状態で用いることを示唆する記載はない。」とした審決の認定判断は誤りである。

<5> 以上のとおり、訂正後の特許請求の範囲に記載された発明は、甲第6号証、第8号証及び第11号証の1(第12号証)に記載された技術的事項に基づいて容易に発明をすることができたものであることは明らかてある。

したがって、「訂正後の特許請求の範囲に記載される本件発明が当業者にとって容易に発明し得るとは到底認められない」とした審決の認定判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし4は認める。同5は争う。審決に原告主張の判断遺脱、認定判断の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

本件発明に関する訂正審判請求書の「請求の理由」に記載された、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正内容が、審決の理由Ⅲ(1)に記載のものと同内容であること、同請求書に添付された訂正明細書に記載された特許請求の範囲が、訂正後の特許請求の範囲に記載のとおりであることは認める。

ところで、訂正審判において審理されるべき対象は、訂正審判請求書の請求の趣旨に記載された内容に訂正することの可否であるところ、本件訂正審判請求書の請求の趣旨に「特許第1138743号の特許発明にかかる明細書の記載を、審判請求書に添付する明細書の記載のとおり訂正する。」と記載されている以上、訂正明細書の記載内容は、請求の趣旨の中に取り込まれており、その結果、訂正審判において審理されるべき対象は、訂正明細書の記載内容どおりに明細書を訂正することの可否となっている。そして、請求の趣旨の中に取り込まれた訂正明細書における訂正後の特許請求の範囲においては、「与える」と「略円弧状」との間の読点(、)が削除されるとともに、「前記隅部材」は「別体の隅部材」と訂正されているのである。

仮に、原告が主張するように訂正審判請求書の請求の理由に着目したとしても、「前記」を「別体の」と訂正する点については、請求の理由において何度も繰り返し記載されていることが明らかである。また、「与える」と「略円弧状」との間の読点(、)の削除の点については、確かに請求の理由には記載がないが、この読点の有無は訂正後の特許請求の範囲の解釈に何らの影響を及ぼさないものである。

したがって、訂正審判請求書の請求の理由の記載内容と訂正明細書の記載内容とが不一致であるということはなく、取消事由1は理由がないものというべきである。

(2)  取消事由2について

原告は、物の発明において構成要件の一部を削除することは特許請求の範囲の拡張になる旨主張しているが、審決の第10頁5行以下に記載されているとおり、訂正前の特許請求の範囲第1項における「前記貯蔵室内の隅部を、該貯蔵室側に突出せる突部乃至は突条が存在しない、比較的曲率半径の大きな曲面の、略円孤状断面の隅部材にて、滑らかに形成すると共に、該隅部材と前記内張部材との接合部を水密に構成し」の記載(審決にいう「後段の記載」)は隅部材を備える隅部の箇所に格別の限定がなく、訂正前の特許請求の範囲第2項、第3項の発明に関する記載から上記後段の記載を限定することは特許請求の範囲の拡張でも変更でもない。これは、上記後段の記載と訂正前の特許請求の範囲第3項の隅部材の構成との重複を避けるものということもできるから、構成要件の一部を削除するものでもない。

したがって、原告の上記主張は失当であって、取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由3について

<1>イ 原告は、本件発明における要件bの構成は甲第6号証に開示されている旨主張している。そしてその根拠として、側板と側壁内張が省略されたという同号証の第104頁図1.70を指摘している。確かに同図は何程かのものが省略されているのであろうが、何が省略され、更にはその省略されたものが、この図のどの部分とどのように連結されるのかについては何の示唆もない。したがって、図1.70から要件bを読み取ることは不可能である。参考図2は、そうあって欲しいという原告の願望を具現化して図示したものにすぎない。

ロ 原告は、本件発明における要件cのうちの、L字形部材の両フランジ端部を別体の隅部材により水密に覆っているという構成が甲第6号証に記載されている旨主張する。しかし、同号証において、L字形部材が側板等とどのような関係にあるのか不明であるから、L字形部材の両フランジ端部が別体の隅部材により水密に覆われることになるのか否か判断できないところである。仮に、原告の作成に係る参考図2に基づいて考察したとしても、L字形部材の両フランジ端部が別体の隅部材により水密に覆われることにならない。すなわち、甲第6号証の第115頁には「接合」という項目が設けられ、「各部接合部はシーラにより十分水密に保たれている。」と記載されているが、その記載の前には、接合には部分に応じて各種のリベットが用いられていることが記載されている。これよりすれば、この項目には、同号証に記載されたコンテナにおいては、各部材の接合は各種リベットによって行われ、そのリベットが打ち込まれた接合部分が水密を保つように構成されていることが記載されているにすぎない。それ故、参考図2で示せば、せいぜい特殊ナイロンリベットと指示された部分が水密を保つように構成されているにすぎず、到底L字形部材の両フランジ端部を別体の隅部材により水密に覆っているとはいい難いものである。

また、原告は、甲第8号証を引用することによって、参考図2に記載されている隅部材38’は「比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面を与える、略円弧状断面の前記隅部材」に該当する旨主張している。

しかし、甲第6号証には隅部材について何らの説明もなく、原告が参考図2において隅部材であると主張する符号38’の部材が実際に隅部材であるか否か不明瞭である。仮に、上記部材が隅部材であるとしても、その部材の断面はあくまで角張った形状を呈しているのに対し、本件発明における隅部材は「これら各部分はいずれも平面または曲率半径の大きい(局部的には平面とみなし得る)曲面であるため」(甲第5号証第3頁右欄30行ないし32行)と記載されているように、その断面における角の存在を排除していることは明らかであるから、原告が甲第6号証に開示されていると称する隅部材38’が「比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面を与える略円弧状断面の前記隅部材」に該当しないことは明らかである。

<2> 甲第11号証の1には、「図はフルハーフのリーファーキットである。この断面図に、とくに天井と側壁はアルミの型材にベニヤ合板をはさみ支えている」との記載と、図が示されているだけで、二層アルミ隅金具の構造に関するそれ以外の説明がないから、同号証には「この二層アルミ隅金具が具体的にどのような二層構造となっているか、また天井と側壁が上記金具で具体的にどのように支持されるのか定かでなく、もたらされる効果も記載されていない」とした審決の認定判断に誤りはない。

原告は、甲第11号証の1の記載内容を明らかにするためとして甲第12号証を提出しているが、同号証もそれ自体、二層アルミ隅金具の具体的な構造を明らかにするものではないし、そもそも同号証について、それに甲第11号証の1と同一のものが記載されているという裏付けは何もなく、また、それが本件特許出願日以前に公知であったことの立証もなく、更に甲第12号証の成立に関する不明瞭さや、同号証の提出のされ方における不自然さを勘案すれば、同号証は一般に頒布されなかったものと解するのが相当であることなどからすると、同号証は証拠価値がないものというべきである。

仮に、原告が、甲第12号証をもって、新たに本件発明の特許出願日前における公知技術の存在を主張・立証しようとするものであるならば、その主張・立証は本件審判手続において行われていなかったものであるから、本件訴訟においては許されないものである。

<3> 訂正後の特許請求の範囲に記載される本件発明が当業者にとって容易に発明し得るとは到底認められないとした審決の判断に誤りはなく、取消事由3は理由がないものというべきである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりである。(甲第12号証を除くその余の書証の成立については、当事者間に争いがない。)

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(訂正前の特許請求の範囲)、同3(訂正後の特許請求の範囲)及び同4(審決の理由)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由Ⅰ(経緯)、同Ⅱ(請求の趣旨及び被請求人の答弁)、同Ⅲ(訂正審判において認容された訂正内容)、同Ⅳ(請求人の主張)及び同Ⅴ(当審の判断)(2)、(3)についても、当事者間に争いがない。

2  取消事由1について

(1)  本件発明に関する訂正審判請求書の請求の理由には、「特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲第1項と第2項を削除し、第3項を第1項と訂正するとともに、訂正後の第1項の前段に、削除した第1項の要件、すなわち『内部に充填する断熱材を覆う内張部材をそれぞれ装着した天井部、左右の各側壁、前端壁、開閉扉を設けた後端部と、床部材下部に断熱材を設けた床部とを含む長手直方体形状の貯蔵室及び該貯蔵室用の冷却手段を具備した海上コンテナにおいて、』を加入し、同項第4行乃至第5行『覆った特許請求の範囲第1項記載』を『覆ってなる海上コンテナ』と訂正し、かつ、同項第2行『L字形部材』を『長手方向に伸びる断面L字形部材』と訂正する。」旨記載されていること、同請求書に添付された訂正明細書に記載された特許請求の範囲は、前記訂正後の特許請求の範囲に記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

訂正審判請求書の請求の理由における上記記載をそのまま適用すると、訂正によって得られる特許請求の範囲は、原告指摘のとおり、「内部に充填する断熱材を覆う内張部材をそれぞれ装着した天井部、左右の各側壁、前端壁、開閉扉を設けた後端部と、床部材下部に断熱材を設けた床部とを含む長手直方体形状の貯蔵室及び該貯蔵室用の冷却手段を具備した海上コンテナにおいて、側壁の内張部材上端部と天井部の内張部材側壁部とを長手方向に伸びる断面L字形部材をもって結合し、該L字形部材の両フランジ端部を水密に且つ比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面を与える、略円弧状断面の前記隅部材により覆ってなる海上コンテナの内部隅部構造。」となるものと認められる。

(2)  ところで、特許法131条は、審判請求書には請求の趣旨及びその理由を記載するとともに、訂正の審判を請求するときは、請求書に訂正した明細書又は図面を添付しなければならないと規定しているが(1項3号、3項)、請求の趣旨は、自己が審判を請求する趣旨を簡潔、かつ明確に表示したものであって、審判の対象となるものであり、請求の理由は、請求の趣旨と相まち、これを補足して請求が特定の申立てであることを明確にするのに必要な事実関係を指すものである。

本件発明に関する訂正審判請求書(乙第2号証)の請求の趣旨には、「『特許第1138743号の特許発明にかかる明細書の記載を、審判請求書に添付する明細書の記載のとおり訂正する。』との審決を求める。」と記載されていることが認められ、したがって、同請求書に添付された訂正明細書の記載内容は、請求の趣旨のなかに取り込まれて、訂正審判の審理の対象とされるべき事項となっているのである。

したがって、訂正審判請求においては、請求の理由に記載された事項のみが、訂正前の明細書における記載事項に変動を起こす原因となるものである旨の原告の主張は採用できない。

(3)  次に、訂正明細書の特許請求の範囲において、「別体の隅部材」と記載して、「前記」を「別体の」と訂正すること、及び「湾曲面を与える」と「略円弧状断面」との間の読点(、)を削除することをそれぞれ明らかにしているところ、原告は、「湾曲面を与える」と「略円弧状断面」との間の読点(、)を削除すること、及び「前記」を「別体の」に訂正することは、請求の理由には記載されていないから、その点で請求の理由と訂正明細書が食い違っている旨主張するので、この点について検討する。

乙第2号証によれば、訂正審判請求書の請求の理由には、上記(1)の記載部分の前に、「まず特許請求の範囲において、第3項を第1項とし、その要件中の貯蔵室内の隅部を特に補強を要する上部隅部に限定し、側壁の内張部材上端部と天井部の内張部材側壁部とを長手方向に伸びる断面L字形部材をもって結合するとともに、その隅部を本体とは別体の隅部材により覆い、滑らかに形成するものと訂正し、」(第3頁3行ないし10行)と記載されており、その他、請求の理由には、「曲面の略円弧状断面の別体の隅部材にて、滑らかに」(第6頁14行、15行)、「別体の隅部材の取付けを容易にするとともに更に強度を増大させる」(同頁18行ないし20行)、「L字形部材により結合した上別体の隅部材」(第7頁13行、14行)などと、略円弧状断面の「前記」隅部材を、「別体の」隅部材と訂正して用いることが明らかにされていることが認められるから、請求の理由全体を合理的に読むならば、請求の理由には、「前記」を「別体の」と訂正することが記載されているものというべく、その点で請求の理由と訂正明細書との間に食い違いがあるということはできない。

また、請求の理由には、上記読点を削除する点について特に記載はないが、上記読点を削除することが特許請求の範囲を実質上拡張または変更するものでないことは明らかであるから、その点で請求の理由と訂正明細書との間に食い違いがあるということはできない。

(4)  以上のとおりであるから、請求の理由の記載内容と訂正明細書の記載内容との間に食い違いがあることを前提として、本件訂正無効審判には判断の遺脱がある旨の原告の主張(取消事由1)は理由がないものというべきである。

3  取消事由2について

(1)  審決の理由Ⅴ(1)<1>ないし<3>については当事者間に争いがなく、これによれば、「訂正前の特許請求の範囲第1項の上記後段の記載に対応して訂正前の第3項の発明にあるL字形部材の構成を限定して、訂正後の特許請求の範囲の要件としてこれを記載することは特許請求の範囲を拡張するものでも変更するものでもないから、特許法第126条第2項の規定に違反することはない。」とした審決の判断に誤りはないものというべきである。

(2)  原告は、請求の原因5(2)のとおり、訂正前の特許請求の範囲第3項と、訂正後の特許請求の範囲とを対比すると、前者における「前記貯蔵室内の隅部を・・・水密に構成し」の記載(審決にいう「後段の記載」)がすべて削除されているから、特許請求の範囲の拡張になる旨主張している。

しかし、上記のとおり、訂正前の特許請求の範囲第1項においては、隅部材を備える隅部の箇所に限定がないものであるところ、訂正前の特許請求の範囲第3項の発明は、左上隅部にL字形部材を隅部材と併用することをその要旨とするものであるから、訂正前の特許請求の範囲第3項の記載によって、訂正前の同第1項の上記後段の記載を限定し、結果として、上記後段の記載を削除することが、特許請求の範囲の拡張や変更に当たらないことは明らかであって、原告の上記主張は理由がない。

よって、取消事由2は理由がない。

4  取消事由3について

(1)  審決の理由Ⅴ(4)ⅰ)、同ⅱ)のうち、甲第6号証(上村建二著「冷凍コンテナ便覧」・昭和49年1月18日株式会社成山堂書店発行)には、冷凍コンテナの全体構造が示され、これを基に冷凍コンテナの説明があり、特に第104頁図1.70には内部天井板(内張板)組立図(別紙図面2参照)が示されていること、甲第11号証の1(「月刊定温流通10月号」・昭和51年10月1日流通システム研究センター発行)中の「リーファーキット」の縦断面図(別紙図面3参照)には、天井部と側壁部との交叉隅部の構造において天井と側壁が二層アルミ金具により支持されることが示されていること、同ⅲ)のうち、甲第6号証及び第8号証に審決摘示の各記載があること、同ⅳ)のうち、甲第9号証及び第10号証に審決摘示の各記載があることは、当事者間に争いがない。

(2)  原告は、甲第6号証の「図1.64冷凍コンテナの全体構造図」につき、一部の部材に符号を付したものを参考図1とし、同号証の第104頁に記載の「図1.70内部天井板(内張り板)組立」のうちの下段の図面につき、原告が位置すると想定する箇所に「SIDE WALL LINING(側壁内張)」と「SIDE PANEL(側板)」を書き加え、各部材の符号を付したものを参考図2として提出して、請求の原因5(3)<1>イ、ロ掲記の理由により、本件発明における「側壁の内張部材上端部と天井部の内張部材側壁部とを長手方向に伸びる断面L字形部材をもって結合し」という要件(要件b)、及び「該L字形部材の両フランジ端部を水密に且つ比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面を与える略円弧状断面の別体の隅部材により覆ってなる」という要件(要件c)は、甲第6号証にすべて開示されている旨主張するので、この点について検討する。

上記図1.70の下段の図面には、長手方向に伸びる部分の一部がCEILING BOARD(天井板)の左右上端部に載置された断面L字形部材(参考図2の符号36’の部材)、及び上記天井板の左右下側に、上記断面L字形部材と共に上記天井板を挟むように配された、平坦屈曲面を有する断面略L字形部材(同図の符号38’の部材)が示されているが、同図は、「内部天井板(内張り板)の組立」に関する図面であって、同図には、SIDE WALL LINING(側壁内張)やSIDE PANEL(側板)は記載されておらず、したがって、上記断面L字形部材及び平坦屈曲面を有する断面略L字形部材とSIDE WALL LINING(側壁内張)との位置関係は明らかではなく、甲第6号証を精査しても、上記断面L字形部材及び平坦屈曲面を有する断面略L字形部材とSIDE WALL LINING(側壁内張)やSIDE PANEL(側板)が参考図2のような位置関係にあるものと想定することはできない。すなわち、甲第6号証記載のものにおいて、SIDE WALL LINING(側壁内張)が上記断面L字形部材と平坦屈曲面を有する断面略L字形部材(参考図2の符号36’と符号38’の各部材)の間に挟着支持されているものと認定することはできない。

東京農工大学工学部機械システム工学科講師村田章作成の鑑定書(甲第14号証)には、甲第6号証の第104頁図1.70は同鑑定書添付の「想定断面図」のとおり想定される旨記載されているが、同鑑定書記載の部材A(参考図2の符号36’の部材)及び部材B(同図の符号38’の部材)と側壁内張との位置関係が想定断面図のとおり想定されることについて、さしたる根拠が示されておらず、採用することができない。

また、甲第6号証の第115頁には「各部接合部はシーラにより十分水密に保たれている。」と記載されているから、図1.70記載のものにおいても、接合部は水密性が保持されるように組み立てられているものと推認されるが、天井板の左右下側に配された部材(参考図2の符号38’の部材)は、上記のとおり断面略L字形のものであって、屈曲部は角張った形状を呈しているから、本件発明の隅部材における「比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面を与える略円弧状断面」のものといえないことは明らかである。

したがって、原告の上記主張は理由がなく、甲第6号証には、要件b及びcが示唆されていないとした審決の認定判断に誤りはない。

(3)  原告は、甲第11号証の1の第10頁に記載されている図面を拡大した同号証の2、及び甲第12号証(「日本フルハーフ保冷車・冷凍車」のカタログ)を提出し、甲第11号証の1の上記図面には、冷凍コンテナにおいて二層のアルミ隅金具の間に天井板と側壁内張材が挟着支持された構造が開示されている旨主張するので、この点について検討する。

<1>  甲第11号証の1の第10頁には、原告の製品である「リーファーキット」の縦断面図が記載されており、天井部と側壁部との交叉隅部の構造において天井と側壁が二層アルミ金具により支持されることが示されているが(この点は、前記のとおり当事者間に争いがない。)、この図面自体からは、二層アルミ隅金具が具体的にどのような二層構造となっているのか、天井板と側壁内張材が上記金具でどのように支持されているのかが明らかでなく、また、同号証には、これらの点及びその効果について何ら記載されていない。そして、同号証の2によっても、二層アルミ隅金具が具体的にどのような二層構造になっているのか、また、天井板と側壁内張材が上記金具でどのように支持されているのかを明らかにすることができない。

<2>  ところで、甲第12号証は、甲第11号証の1とは全く別個の刊行物であり、本件審判手続においては審理判断の対象とされなかったものであるから、同号証を公知文献として、同号証自体により、上記の各点を明らかにし、冷凍コンテナにおいて二層のアルミ隅金具の間に天井板と側壁内張材が挟着支持されたものが公知であることを主張・立証することは許されない。もっとも、審決取消訴訟において、審判の手続で審理判断の対象とされた刊行物に記載の技術的事項を明らかにするために、審判の手続に現れてなかった資料に基づき、当該発明の出願当時における当業者の技術常識ないし技術水準を認定することは許されるが、甲第12号証の第3丁表に記載されている「フルハーフリーファーキット」の縦断面図の構造が、本件発明の特許出願当時において技術常識ないし技術水準であるとまでは認め難いし、本来、甲第11号証の1記載の図面に、冷凍コンテナにおいて二層のアルミ隅金具の間に天井板と側壁内張材が挟着支持されたものが記載されているか否かは、同図面を含めて同号証自体から解読されるべき事項であって、審判の手続に現れていなかった、全く別個の刊行物である甲第12号証を参考にして解読することは許されないものというべきである。

<3>  以上のとおりであって、「(甲第11号証の1には)二層アルミ隅金具が具体的にどのような二層構造になっているか、また天井と側壁が上記金具で具体的にどのように支持されるのか定かでなく、もたらされる効果も記載されていない」とした審決の認定判断に誤りはなく、原告の上記主張は理由がない。

(4)  原告は、甲第6号証の第104頁図1.70及び甲第11号証の1の図面には、長手方向に伸びる断面L字形部材、側壁、天井内張部材及び略円弧状断面の隅部材が記載されていることを理由として、「本件発明における『予め長手方向に伸びる断面L字形部材をもって側壁上端部と天井内張部材の側壁部とを結合し、その後に比較的曲率半径の大きな滑らかな湾曲面を与える略円弧状断面の別体の隅部材によって覆う』の要件が記載のないことは勿論、この要件を示唆する記載もない」とした審決の認定判断の誤りを主張するが、この主張が理由のないことは、上記(2)及び(3)において説示したところから明らかである。

なお、甲第8号証には、車両の清掃を容易にするために、隅部は内外共に連続的に丸みを帯びていることが記載されているが(この点は、当事者間に争いがない。)、上記の要件についての記載はなく、これを示唆する記載もないものと認あられる。

(5)  原告は、請求の原因5(3)<4>の理由により、「L字形部材を用い、且つ滑らかな湾曲面あるいは断面円弧状の隅部材を水密状態で用いることの示唆がない」とした審決の認定判断の誤りを主張するが、この主張が理由のないことは、上記(2)及び(3)において説示したところから明らかである。

(6)  以上のとおりであるから、「甲第6号証ないし第10号証及び第11号証の1の記載を組み合わせてみても、訂正後の特許請求の範囲に記載される本件発明が当業者にとって容易に発明し得るとは到底認められない」とした審決の判断に誤りはなく、取消事由3は理由がない。

5  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

平成2年審判第16680号

審決

東京都港区三田3丁目13番12号

請求人 日本フルハーフ 株式会社

東京都港区西新橋1-9-10 大橋特許事務所

代理人弁理士 大橋良輔

東京都港区西新橋柏1-9-10 柏原ビル 大橋特許事務所

代理人弁理士 大橋勇

大阪市東区北浜5丁目26番地

被請求人 日本トレールモービル株式会社

東京都港区虎ノ門一丁目20番6号 明和ビル5階 藤木特許事務所

代理人弁理士 藤木三幸

上記当事者間の特許第1138743号「海上コンテナの内部隅部構造」に関する訂正無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

Ⅰ. 経緯

本件特許第1138743号発明(以下「本件発明」という)は、昭和52年8月1日に出願人、且つ本件の訂正無効審判被請求人たる日本トレールモービル株式会社により出願され、昭和56年5月20日に出願公告(特公昭56-21669号公報)された。さらに昭和63年9月6日に後述の訂正事項を目的として訂正審判が請求(昭和63年審判第16107号)され、平成1年5月2日に請求公告(特許審判請求公告第684号)され、平成2年6月14日にこの訂正を認容する旨の審決が出されその審決が確定した。

これに対して本件訂正無効審判請求人日本フルハーフ株式会社(以下「請求人」という)より訂正無効の審判請求がなされた。

Ⅱ. 請求の趣旨及び被請求人の答弁

「特許第1138743号について、昭和63年審判第16107号審決によりなした訂正は、これを無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める」との訂正無効の審判を請求した。

これに対して被請求人の答弁は「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とするとの審決を求める」と答弁した。

Ⅲ. 訂正審判において認容された訂正内容

上記訂正審判において認容された訂正内容は以下の通りである。

(1)特許請求の範囲の減縮を目的として、特許請求の範囲第1項と第2項を削除し、第3項を第1項と訂正するとともに訂正後の第1項の前段に、削除した第1項の要件、即ち、「内部に充填する断熱材を覆う内張部材をそれぞれ装着した天井部、左右の各側壁、前端壁、開閉扉を設けた後端部と、床部材下部に断熱材を設けた床部とを含む長手直方体形状の貯蔵室及び該貯蔵室室用の冷却手段を具備した海上コンテナにおいて、」を加入し、同項第4行乃至第5行「覆った特許請求の範囲第1項」を「覆ってなる海上コンテナ」と訂正し、同項第2行「L字形部材」を「長手方向に伸びる断面L字形部材」と訂正する。

(2)明瞭でない記載の釈明を目的として、明細書第3頁第3行「・・・・・場合には」を「・・・・・場合にはトラック、鉄道貨車のような陸上のみの輸送では問題にならなくとも、例えば、米国のある地方から日本への輸送というような長時間、長距離の場合となると、」と訂正し、同頁第12行「・・・・打ちつけられ、」を「・・・・打ちつけられ、特に揺動のかかる上部内張り面は相当強くなければならない」と訂正するものであり、その上、第3頁第18行「一般にL字形断面の隅部材により」を削除し、更に、第4頁第12行「隅部構造」を「隅部構造特に上部隅部構造」、同頁第13行「この隅部」を「この上部隅部の側壁の内張部材上端部と天井部の内張部材側壁部とをL字形部材をもって結合し、この部分」、同頁第14行「曲面によって」を「曲面の略円弧状断面の別体の隅部材にて、滑らかに」、同頁第15行「十分な」を「更に十分な」、同頁第19行「減じない、」を「減じない、<7>冷風の循環をよくし、<8>別体の隅部材の取付けを容易にするとともに更に強度を増大させる」と訂正し、特許請求の範囲第2項の削除にともなうものとして、第5頁第2行「本件発明に係る」を「底部材と側壁を」に、同頁第3行「・・・・示す」を「・・・・示す本件発明の応用例の」に、同様に第6頁第15行「本実施例」を「本応用例」とし、第8頁第15行「別の」を削除する。

また、第9頁第3行「L字形部材」を「長手方向に伸びる断面L字形部材」に、第9頁第8行「成り、」を「成る別体のものであって、」に、同頁第18行「水密性を」を「水密性を更に」に、第10頁第1行「隅部材」を「L字形部材により結合した上別体の隅部材」に訂正するとともに、同頁第2行「曲面」を「略円弧状断面の曲面の曲面」に、同頁第2行乃至第6行「この隅部・・・・。しかし」を削除する。更に同頁第7行乃至第8行「前記実施例とほぼ同様の効果が得られるために、」を「前記応用例とほぼ同様の補強性、水密性、良好な冷風循環性に加えて、略円弧状の断面をもつために、」、同第10頁第9行「可能となる。」を「可能となる。その上長手方向に伸びる断面L字形部材により、あらかじめ側壁の内張部材上端部と天井部側壁部間を結合するので、全体の補強と隅部材の取付けを容易とし、海上コンテナの組立てを一層容易にできるものである。」と訂正する。更に第10頁第15行「曲面に構成された海上コンテナの内部隅部構造」を「略円弧状断面の曲面に構成された海上冷凍コンテナ内部の上部隅部構造」に、第11頁第1行「こととなる。」を「こととなるほか、従来以上の強度を維持し、水密性を更に向上し、冷風の循環を良好とした上、」とし、第11頁第2行「損なわれない等」を「損なわれず、L字形部材により隅部材の取付けに先立って内張部材間を結合するので隅部材の取付けを容易にし、L字形部材と隅部材とにより断面3角形の二重構造を形成して一層隅部の補強を図ることができる等、」とし、同頁第6行の図面の簡単な説明中の「第一の実施例」を「応用例」に、同頁第7行の「・・・・ある。」を「あって、」と訂正し、「別の」を削除する。

(3)誤記の訂正を目的として、特許請求の範囲第9行、第22行(第3項を第1項としたもの)の「孤」を「弧」に、第5頁第17行「傾斜角」を「傾斜面」に、第11頁第15行隅部材の後に「36・・・・L字形部材」を挿入訂正する。

Ⅳ.請求人の主張

請求人は、本件発明の上記認容した訂正事項に対して、大略以下の無効の理由を主張しようとするものと認められる。

(1)隅部構造は、貯蔵室の上部隅部と下部隅部の構造を包含する用語であるから、これを下部隅部の構造についての限定要件を削除し、上部隅部のみに限定する点、貯蔵室内の隅部を、貯蔵室側に突出せる突部乃至突条が存在しない比較的曲率半径の大きな曲面を有する隅部材にて滑らかに形成する点及び隅部材と内張部材との接合部を水密に構成した点は構成要件の削除であって、特許請求の範囲の実質拡張であり、特許請求の範囲を実質変更に相当するから、特許法第126条第2項の規定に違反する。

(2)発明の詳細な説明において、イ.上部内張面の強度の問題を挿入すること、ロ.断面L字形部材により側壁の内張部材上端部と天井部側壁部間を隅部材の取付けに先立って結合すると訂正すること、及びハ.実施例を応用例と訂正することは、特許法第126条第1項第2号及び第3号のいずれの規定をも満たすものではない。

(3)訂正審判において、訂正事項の説明が数頁に及ぶこと自体極めて常軌を逸したことであり、この一つをとっても、特許請求の範囲の実質上変更されたことの証左であって、特許請求の範囲の変更を含む特許法第126条各項のいずれの規定にも該当しない。

(4)訂正後の特許請求の範囲に記載された発明(以下、特に断りのない限り、単に「本件発明」という)は、請求人の提出する下記甲第1号証乃至甲第6号証の記載に基づいて当業者が容易に発明し得たもので、特許法第126条第3項の規定に違反するものである。

甲第1号証 「冷凍コンテナ便覧」第1頁乃至第9頁、第54頁乃至第61頁及び第99頁乃至第115頁、日本郵船(株)工務部コンテナ班上村建二著、株式会社成山堂書店、昭和49年1月18日発行

甲第2号証 実公昭44-672号公報

甲第3号証 英国特許第684932号明細書

甲第4号証 特開昭52-19442号公報

甲第5号証 実開昭52-16726号公報

甲第6号証 「月刊定温流通10月号」第10頁、特にリーファーキットの拡大図、昭和51年10月1日流通システム研究センター発行

Ⅴ.当審の判断

上記請求人の主張について以下に検討する。

(1)特許請求の範囲の実質変更の有無について

<1>訂正前の特許請求の範囲第1項において、前段の「貯蔵室及び貯蔵室用の冷却手段を具備した海上コンテナ」に続いて、「前記貯蔵室内の隅部を該貯蔵室側に突出せる突部乃至は突条が存在しない、比較的曲率半径の大きな曲面の、略円弧状断面の隅部材にて、滑らかに形成すると共に、該隅部材と前記内張部材との接合部を水密に構成した・・・・」の記載(以下「後段の記載」という)があるが、隅部材を備える隅部の個所に格別の限定はないこと、<2>訂正前の特許請求の範囲第2項の発明について「第2図は本件発明に係る隅部材により貯蔵庫の左下隅部を構成した状態を示す断面図である」(特許公報第2頁第3欄第24行乃至第25行)及び「本実施例は貯蔵庫の左上隅部を本発明に係る隅部材により曲率半径の大きい滑らかな曲面に構成した例である。」(特許公報第3頁第6欄第2行乃至第4行)と記載され、隅部材を少なくとも左上隅部に適用することを特許請求の範囲第2項の発明の要旨とすると共に、<3>さらに、訂正前の特許請求の範囲第3項の発明について「第3図は本発明の別の実施例を示す断面図である。」(特許公報第3頁第5欄第12行乃至第13行)、「・・・・側壁30及び天井部31の骨組部材32及び33との間にそれぞれ形成される間隙内に、L字形部材36の各端部をそれぞれ挿入する。」(同欄第19行乃至第21行)及び「本実施例は貯蔵庫の左上隅部を本発明に係る隅部材により曲率半径の大きい滑らかな曲面に構成した例である。」(特許公報第3頁第6欄第2行乃至第4行)と記載されて、左上隅部にL字形部材を隅部材と併用することを特許請求の範囲第3項の発明の要旨とすることが明らかであるから、訂正前の特許請求の範囲第1項の上記後段の記載に対応して訂正前の第3項の発明にあるL字形部材の構成を限定して、訂正後の特許請求の範囲の要件としてこれを記載することは特許請求の範囲を拡張するものでも変更するものでもないから、特許法第126条第2項の規定に違反することはない。

(2)特許法第126条第1項第2号及び第3号の規定の違反の有無について

イ.訂正前の本件特許発明の明細書において、特許請求の範囲第2項の発明について「外壁部と対応して強固に二重壁構造が形成される結果となり、断熱材を包囲する機能と同時に強度の向上に大きく寄与するものである。」(特許公報第2頁第4欄第35行乃至第37行)と記載し、訂正前の第3項の発明も強固な二重壁構造をもつことが要件となっているから、訂正後にこの発明(訂正前の第3項の発明)を本件発明とすることにともなって、内張面の強度について発明の詳細な説明において補足的に説明することは、明瞭でない記載の釈明に該当とするものと認められる。

ロ.訂正前の特許請求の範囲第3項に「側壁の内張部材上端部と天井部の内張部材側壁部とをL字形部材をもって結合し・・・・」とあるが、L字形部材を挿入する場合、ナイロンリベットにより貯蔵室内側に位置する隅部材とともに骨組み部材に固定することは、二重構造物を固定するときの常套手段であり、この取付けの常套手段をとるときに、隅部材の取付けが容易となることは自明の効果というべきであるから、この効果についての訂正も明瞭でない記載の釈明に当たるものである。

ハ.実施例を応用例とする訂正は、訂正前の特許請求の範囲の具体的な態様として記載されていた第2図に表される実施例が訂正によって訂正後の特許請求の範囲の要旨に含まれなくなったときに、これを明確にするために、当該実施例を応用例とする訂正は、訂正後も第2図にかかるものが実施例として残されたときに、訂正後の特許請求の範囲の要旨に包含されることの紛らわしさを避けるために必要な訂正であって、この訂正は明瞭でない記載の釈明に当たるとするのが至当である。

(3)訂正事項の量の多さについて

訂正審判では、特許法第126条各項の規定の範囲内であれば訂正審判が認容されるのであり、訂正事項の説明が数頁にわたるからといって、これをもって直ちに特許請求の範囲の変更をきたし、同条の規定に違反するとすることはできない。

(4)訂正後の特許請求の範囲の発明の特許性について

ⅰ)本件発明、即ち訂正後の特許請求の範囲に記載される発明は、「a.内部に充填する断熱材を覆う内張部材をそれぞれ装着した天井部、左右の各側壁、前側壁、開閉扉を設けた後端部と、床部材下部に断熱材を設けた床部とを含む長手直方体形状の貯蔵室及び該貯蔵室室用の冷却手段を具備した海上コンテナにおいて、b.側壁の内張部材上端部と天井部の内張部材側壁部とを長手方向に伸びる断面L字形部材をもって結合し、c.該L字形部材の両フランジ端部を水密に且つ比較的曲率半径の大きい滑らかな湾曲面を与える略円弧状断面の別体の隅部材により覆ってなる、d.海上コンテナの内部隅部構造」の各事項を要件とするものと認められる。

ⅱ)これに対して請求人の提示した甲第1号証の「冷凍コンテナ便覧」には、冷凍コンテナの全体構造が示され、これを基に冷凍コンテナの説明があり、特に第104頁第1・70図には、内部天井板(内張板)組立図が示されているが、本件発明の上記要件の内、上記b.及びc.の要件については示唆されていない。

これについて請求人は、本件発明と甲第1号証とは、<1>「断面L字形部材が側壁の内張部材上端部と結合されていること」の限定の有無、<2>L字形部材の両フランジ端部を別体の隅部材により「水密に覆っていること」の限定の有無、及び<3>L字形部材の両フランジ端部を覆う別体の隅部材の断面形状の相違において差があることを主張している。

しかしながら、この点について請求人の提示した甲第6号証の「月刊定温流通10月号」には、リーファーキットの縦断面図において天井部と側壁部との交叉隅部の構造において天井と側壁は二層アルミ隅金具により支持されることが示されているが、この二層アルミ隅金具が具体的にどのような二層構造となっているか、また天井と側壁が上記金具で具体的にどのように支持されるのか定かでなく、もたらされる効果も記載されていないので、上記相違点<1>は両者の間に存在しないとすることはできない。

ⅲ)次に甲第1号証に「冷凍コンテナ内部は、水洗が容易で、かつ水洗いにより断熱性能が低下しない構造とされている」(甲第1号証第100頁3行乃至4行)、及び「内張板の継ぎ目はすべてシール剤を充填し気密構造となる」(甲第1号証第111頁下より11行)と冷凍コンテナの内部はすべてシールされ、且つ断熱性に優れた旨の記載があり、かつ甲第3号証の英国特許第684932号明細書に「鉄道車両において、隅部は内外共に連続的に丸みを帯びており・・・・車両内部に清潔な衛生状態を確保し、あらゆる隅部において、車両の清掃を容易にしている」(甲第3号証第7頁右欄66行乃至71行)の記載はあるけれども、本件発明における「予め長手方向に伸びる断面L字形部材をもって側壁上端部と天井内張部材の側壁部とを結合し、その後に比較的曲率半径の大きな滑らかな湾曲面を与える略円弧状断面の別体の隅部材によって覆う」の要件が記載のないことは勿論、この要件を示唆する記載もない以上、甲第2号証の実公昭44-672号公報にある「断熱材を有する積層パネルを用いた側壁及び天井部の各端部を中間帯板及び内側帯板でボルト接合する」の記載を勘案しても上記相違点<2>及び<3>も存在しないとする請求人の主張を採用することはできない。

ⅳ)さらに甲第4号証の特開昭52-19442号公報の第1図には「衛生設備ユニットにおける目地材取付装置」及び第2図にはその隅部にかかる「天井パネルと壁パネルの端縁部が断面略L字形をした骨枠体に夫々ビスで固着され、さらに天井パネルと壁パネルの端縁部内側を、比較的曲率半径が大きく、滑らかな湾曲面を与える円弧状断面の別体の目地材の縁で覆い、目地材を骨枠体に固着されている衛生設備ユニットにおける目地材取付け装置」、並びに甲第5号証の実開昭52-16726号公報の第1図には「天井及び壁の内装壁パネルを、歯溝を内設した凹部を突条に有する断面L字形の型材、及びこれとは別体の歯溝を内設した凸部を突条に有する比較的曲率半径が大きく、滑らかな湾曲面の型材の各凹凸部を嵌合させて固定する固定装置」が夫々示されているが、いずれも上記b及びcにかかる要件、即ち、全体の補強と隅部材の取付けを容易にするためのL字形部材を用い、且つ滑らかな湾曲面あるいは断面円弧状の隅部材を水密状態で用いることを示唆する記載はない。

ⅴ)以上の甲第1号証乃至甲第6号証の記載を組み合わせてみても、訂正後の特許請求の範囲に記載される本件発明が当業者にとって容易に発明し得るとは到底認められないから、特許法第29条の規定により拒絶されることはない。

Ⅵ.結論

以上説示のとおり、請求人の本件発明にかかる訂正を無効とするための主張はいずれも理由のないものであるから、本件発明は特許法第126条各項の規定に違反することはない。

よって結論のとおり審決する。

平成4年5月6日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

参考図1

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参考図2

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別紙図面3

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参考図3

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